虚空尽き
 
衆生尽き
 
涅槃尽きなば我が願いも尽きん
弘法大師の請願であり、真言行者への御遺命と捉えます。
 
真言密教の真髄、大師の御教えたる護摩修行を通して、
苦しみ、悩みを抱えられる方々が少しでも安らかでいられるよう
「衆生済度」に勤めます。
 
多くの皆様が、目に見えないお蔭様にて、元気でお健やかに、
お幸せで豊かな人生を歩まれる様、御祈念申し上げます。
 
南無大師遍照金剛 合掌

人吉高野山
高野寺

 
住職 味岡戒孝(あじおかかいこう)
僧としての本質は、「寄り添う心」だと思います。
真言密教の護摩修行を通して、弘法大師の御教えたる「衆生済度」に勤めます。
神仏のお蔭様に感謝し、皆様が笑顔に溢れ、豊かな人生となります様、 お祈り申し上げます。
私共の祈祷が少しでもお役に立てれば幸いです。
南無大師遍照金剛 合掌九拝
 

人吉高野山青井山高野寺は熊本県人吉市、青井阿蘇神社門前にございます。
当山は、大正十五年に初代良戒大和尚により開山せられました。
その当時から、“お大師さん”や“こうやさん”と呼ばれ、皆様に親しまれています。
山門は入りまして左手すぐのところに「新四国八十八カ所霊場」の八十八体の佛様が鎮座されておられます。
四季折々の花を見る事が出来る参道を歩けば、正面に御身堂(おんみどう)と呼ばれる当山御本尊「高祖弘法大師(お大師さま)」のおられます蓮華の花を模した八角堂(本堂)がございます。
本堂入口の手前右手には、愛らしい「水子地蔵」さまが鎮座されておられます。
堂内正面におられます“お大師さま”の両脇には脇佛として「出世不動」さまと「愛染明王」さまが おられます。
 
『九州八十八ヶ所百八霊場 九十九番札所』
『九州三十六不動霊場 第十八番札所』
 
初代開山 良戒大和尚 開山良戒大和尚は、昭和二十三年嵯峨山(大覚寺)に登嶺(とうりょう)され、爾来、40有余年にわたり本山ならびに当山の護持発展に尽力されました。
昭和四十六年  学校法人大覚寺学園嵯峨美術短期大学を創設、初代理事長就任。
昭和五十七年 九月二日  真言宗大覚寺第五十五世門跡大覚寺派管長に就任。
昭和六十一年 十一月三日  叙勲銀杯 宮中にて天皇陛下より大銀杯を拝授。
昭和六十三年 三月二十九日  遷化(せんげ)享年八十五歳。
天皇陛下より位牌粢料御下賜。 以来、真言密教の法灯を現在に伝えています。
 
お大師さま(弘法大師空海)  お大師さまは、八三二年三月二十一日「五六億七千万年後、弥勒菩薩(みろくぼさつ)がこの世に出られるまで、生きとし生きるものすべてを見守る」というご誓願のもと、ご入定(にゅうじょう)されました。  お大師さまは、真言密教を中国から伝えられただけではなく人々のために尽くされました。たとえば、“干ばつにあえぐ人々に対する雨乞いの修法(神泉苑にて)”や“仏様のお導きによる井戸の発見”“国中に疫病が流行した際の修法や医療対策”“満濃池の修築(建築、土木)”さらには“日本初の庶民の学校『綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)』の開設(教育、学芸)など多岐にわたり、特に、民衆の視点に立った社会活動を行われました。このため、民衆を救う弘法大師伝説が全国各地に生まれ、四国のお遍路さんに見られる根強い大師信仰が育まれました。 (皆様ご存知の“弘法も筆の誤り”と言われる一節。“弘法”とは、お大師さまのことです。お大師さまは“日本三筆”にも数えられておりますように達筆でいらっしゃいました。)  お大師さまは、今も高野山奥の院(和歌山県)におられ、世の中の平和と人々の幸福を願っておられます。
 
脇仏『出世不動』   “お不動さま”と親しまれる不動明王は、右手に剣、左手に索(縄)を握りしめ、口を硬く結び、牙をむき出し、背中に火焔を背負われ一種異様な恐ろしいお姿をされております。しかしながらそのお姿は、両手の剣と索で悪を縛り、悪を断ち切り、背後の火焔で様々な悪や迷いや煩悩、欲望、災難の一切を焼き尽くし、様々な人々の願いを叶えてくださると言うご誓願(願い)を体現されているのです。  当山の“お不動さま”は『出世不動』と呼ばれ、所願成就や学業成就、闘病平癒、子宝成就など様々なご利益があるとされております。
 
 脇仏(愛染明王)  “愛染さま”で親しまれております『愛染明王』。 この仏様は、愛欲をはじめとする欲望に染まれる人々を浄化し、悪心を即滅させる明王様です。 蓮華座上に赤い円相を光背にして結跏趺坐(けっかふざ)され、頭部に獅子冠をいただき、御身は赤色の一面三眼、六臂(ろっぴ=手)でいらっしゃいます。 六本の御手には、人々を導くための様々な金剛宝(仏具)を持っておられます。  “愛染さま”は愛敬開運、家内安全や良縁成就、夫婦円満、福徳子授、商売繁盛、学芸成就等のご利益があるとされております。
 
新四国八十八カ所霊場めぐり  “お四国めぐりのお遍路さん”は広く知られております。 「四国八十八カ所霊場」(徳島、高知、愛媛、香川)を巡られる方の事をそう呼びます。 当山には、“お四国へは、なかなかお参りに行けない”方々のためにも、八十八カ寺の仏様の御利益が戴けますよう『新四国八十八カ所霊場めぐり』として仏様をおまつり致しております。 どうぞ、お参り下さい。
 
高野寺の“お地蔵さん” ある日、お寺に来られたおばあさんが尋ねられました。 「ウチにいらっしゃるお地蔵さんを、お寺で預かっていただけませんでしょうか...」 家族の中でお参りするのはおばあさんだけ。 高齢になり、行き届かず粗末になったらいけないからとの事でした。 早速、ご自宅へ伺い“お地蔵さん”と対面。 『何と愛らしい...』 これが私の第一印象でした。 その後、当山に鎮座いただき水子さんをお見守りいただくと共に 「子宝成就」を念願すれば叶えていただけるお地蔵さんです。 子供の目線で、手を合わせて下さい。


更新情報

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年中行事・月例行事
 
年中行事 
 
年中行事 
 
 一月 一日 新年祈祷法要(~三日) 
一月 二十一日 初大師 
一月 二十八日 初不動 
二月 三日 星祭り(節分会)
 四月 八日 花まつり
 五月 五日 さつき供養(水子尊霊供)
 六月 十五日 弘法大師降誕会
 七月 二十一日 土用丑胡瓜加持
 九月 二十一日 施餓鬼法要
 十二月 中旬  報恩講
 十二月 二十一日 納大師  
 
 

月例行事 
 毎月二十一日 【大師講】

毎月二十八日 【懺悔法本護摩祈祷】 
(共に午前十時半より) 
 
 

般若心経
 般 若 心 経 
 
仏様が大変勝(すぐ)れた、貴い智恵を以って、人々を苦しみ(迷いの世界)より、安楽な境地(理想の世界)に到らしめる、真随を説かれた、大切な心のよりどころの経 観自在菩薩(観音菩薩)が、大変勝れた、貴い智恵をもって、この世界に於いて、死におののき、無常のちまたに迷う人々の苦を救うために精進努力を行じ修していられる時に、先づ世の中には、不変の実態というものはなく、悉(ことごと)くが因と縁との和合によって、できているもので、常にうつり変わっている、これが世の真実の理法(すがた)である。此の宇宙の真実のすがたを知り、実践することによって、人々の一切の苦しみを除き、安楽の岸(理想の世界)に行くことができると、導かれるのである。 舎利子よ(あなたよ)今世の中のすべての、物も、心も因縁生(いんねんしょう)だと述べたが、此れを更にくわしく云って見よう。 すべての物について考えて見るに、色(しき・現象)といい、空(くう・非現象)と云っても別にあるものではなく、因と縁との結合によって、仮に個々の差別の姿を現していて、因と縁とを離れてあるものではない。一つのものの見方であって、色と云う現象の世界も、何もないと思う目に見えない世界も、本質的に見たときは、因と縁とが結合し、時々刻々に変化しているすがたであって、空は色の体(たい)であり、色は空の用(はたらき)である。固定した現象の世界も、非現象の世界もない、私が宇宙であって、宇宙が私である。人間の感覚も、想念も、動作も、精神も共に因縁によるもので、主観と言い、客観と言い、すべて空なるもので、妙有の存在である。 是等の色々の因縁結合の世界は、本質的に見た時には、すべて宇宙の変化のすがたで、無から有が生ずるのでもなく、有るものが無くなったりするものでもなく、よごれていることも、別に清浄であるという差別もない。又増減もないのが真実のすがたである。即ち本性は、物でもなければ、心でもない、然し仮のすがたとして、種々の縁により現象として現れている。  二つのものの対立も無い。 是の故に因縁結合、流転変化の世界には、色たる現象の、物も、心のはたらきである受、想、行、識もなく、認識の根本である眼、耳、鼻、舌、身、意の六根もなく、又認識される六境の色、声、香、味、触、法もない、又一切の分別の世界もない。 そこには執着するべき心も、物もない、主観も客観もない、だから無明から始まってしに至る、固定した生死流転の十二因縁のすがたもなく、又、なやみ、迷い、さとり、おしえの四諦の説も、それらは人格完成への真理の道であっても、真理そのものではない、だから一切は空であると達観した智恵もなく、苦もなく、楽もない、迷もなく、悟りもない、固定したものは何一つないから自由自在であって、理想の世界に到達することができる、何となれば本来無所得であるからである、これが本来のすがたである。 人々は般若波羅蜜多にしたがって、修行して一切のものはすべて因縁生であることを知り得て、智の必要もなく、徳の必要もなき仏智に帰依して、心の中の(さわり)(さまたげ、ふさがり)をなくし、自由自在に理想の境地(さとり)に達することができると知る。したがって恐怖(おそれ)だの、誤解だの、夢想(妄想)などがなくなり、人格は完成されて最極の涅槃(さとり)を証得するに至る。これは無所得なるが故である。 過去、現在、未来の三世にわたって、常に住していられる仏(立派な人)も、この般若波羅蜜多(仏智に到達する大行)を修することによって、この上もない平等の智恵、無上の道、を得られたのである。 般若波羅蜜多とは、あまねく宇宙を含めた、不思議の神通力があり、人の心を明るくする力があり、此れに過ぐるものはない最上の力があり、最高の覚位の仏にも等しくなる力のある呪文である、呪文とは陀羅尼のことで、人々の一切の苦しみ、災難、等を除く神秘な仏の真実の言葉である、これを唱うれば、利益霊験は、はなはだあらたかであり、真実であって、うそいつわりのない広大無辺の功徳があって、私達をしあわせに導く深遠なる般若波羅蜜多の心咒である、その咒は、  掲諦掲諦 波羅掲諦 波羅僧掲諦 菩提薩婆訶 (ぎゃていぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼうじそわか) というのである。
 
心 経 意 訳  /  味岡 良戒
 
 
写経の由来 
 
旧嵯峨御所大覚寺門跡(大本山 大覚寺)は、嵯峨天皇が弘法大師と共に国家の安泰と国民の幸福をお祈りになられたご祈祷所であり、且つ、心経信仰の根本道場であります。  嵯峨天皇は弘仁九年(八一八年)の春、日本国中に疫病が大流行したのを憂い、弘法大師の奏上によって自ら心経を写経遊ばされ国民の病気平癒を願い、また大師は、この時心経を講讚ご祈念されました。すると、たちどころに疫病退散の霊験があらわれ国民が救われました。(その写経用紙は勅封として本山に納められており、その時の大師祈祷のお姿が厄除の『秘鍵大師』としておまつりされております)  以来、このゆかりから本山では今日まで人々の幸せを祈り写経が続けられています。末寺である当山でも小さなお子様から、お年寄りの方までお写経が出来るように準備させていただいております。お知らせ下さい。  皆様に、益々のご縁とご信仰を深めていただきます事を切にお祈り申し上げます。 合 掌

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